戦争広告代理店と尖閣諸島問題について

戦争広告代理店について紹介します。90年代に起きたボスニア紛争問題にあるPR会社がどのように関わっていたかを書いた本です。
始めに、この本について特に重要だと感じたポイントについてピックアップします。
その上で、現在日本が巻き込まれている尖閣諸島問題について思うところを書いています。

○あらすじ
以前Twitter上で簡単に紹介しました。そのときの内容についてはTogetterにまとめてあるので、興味のある方はご覧ください。

次に、重要なポイントと思われる部分を4点ピックアップします。

○政府を動かすための手順
始めにシライジッチ外相はアメリカに助けを求めた。その時は、アメリカ側は話を聞く機会は設けてもらったが、アメリカは手をかさなかった。というのも、それはアメリカにとって日常茶飯事の光景だったからだ。ただ、その時にアメリカ側からもらったアドバイスが重要な言葉として書かれている。

アメリカ政府を味方にしたければ、米国世論を動かせ、世論を味方につけたければ、メディアを動かせ(P34)

政府を動かしたいからといって、いきなり政府に持ちかけても重い腰は上げない。
メディア→世論→政府の順番で政府が動かざるを得ない流れに持っていくことが大事。

○話し方のテクニック
まず、メディアに取り上げてもらうためには、声を上げなければならない。この本の中には、
ボスニアの諺「泣かない赤ちゃんはミルクをもらえない」が出てくる。今回の話でいうならば、
赤ちゃん=ボスニア、ミルク=アメリカ(国際的)の支援になる。しかし、そのためのアピール方法にはさまざまなテクニックが必要になる。
サウンドバイト
一言で言うと、小泉元首相の話し方である。話し方が短いセンテンスで構成されているので、メディアがニュースの際に使用するときにも編集がしやすい。(シライジッチは既にこのテクニックは持っていた)
・今まさに起きている状況を説明する
各メディアに露出し始めたシライジッチは、最初のうちはこれまで紛争の歴史や経緯を話そうとした。しかし、ハーフによると、これは視聴者を飽きさせるものだという。長々と歴史や経緯について説明するよりも、現状がどれだけひどいのかを話すほうが視聴者にとっては飽きの来ない新鮮な情報だと映るとハーフは考えていたのだろう。(もちろん同じ手法では長続きはしないが)

大事なのは、今サラエボで何が起こっているのか、それだけです。(P95)

バズワード(buzz word)の権威化
バズワードとはいわゆる流行言葉のこと。ハーフはナチスに関係する言葉は使用しないように注意を払ったものの、ナチスを想起させる言葉「民族浄化」というコピーでセルビア側を非難するキャンペーンを始めた。しかし、このコピーを単なる流行語に終わらせるのではなく、権威付けをするために、国務省に働きかけた。そのために、セルビア側のミロシェビッチ大統領をサダマイズ(サダム・フセイン大統領と同等とみなす)し、来るべきアメリカ選挙でボスニア紛争の解決を一つの争点とさせた結果、政府側も「民族浄化」という強烈なコピーを使い、セルビア側を非難する事を始めた。

○日本のPRについて
この本の中で筆者は日本政府のPRセンスの低さに警鐘を鳴らしている。それは構造的な問題である。アメリカの高級官僚は民間で活躍してから役所に入る、もしくは官僚になってからも一度外に出て経験を積んだ後に戻ることも有る。また、アメリカの場合役所には行った後も一つの所に長い時間とどまるのではなく、色々な省庁を体験して視野を広げることもできる。
 例えば、相手から反論されたときに直ぐ切り返しが出来るテクニックを持っているか。日本の外務官僚は心得ているとは思えないという。本の中に出てくる国務省の官僚は以前弁護士として経験を積んでおり、自分の主張を印象的にアピールする方法を身につけていた。

このサラエボ紛争問題が起こっていたのは1992年と約10年前の話である。しかし、そこで繰り広げられていた情報戦は非常に地道であると共に、高度なものであることが分かる。文庫本のあとがきで筆者は、日本における国家的なPRの欠如を指摘している。

PRによる情報戦が「いいことなのか、わるいことなのか」を問うことも大切だろう。・(略)・・ただ、「言論の自由」や「報道の自由」「表現の自由」をかつては想像もつかなかったほどのメディア環境の劇的な発達とグローバル化を見た現在において守ろうとするなら「情報戦」の進展という要素を排除することは不可能といってよい(P319)

尖閣諸島問題とのリンク

この本を読んでいた時に、丁度尖閣諸島問題が話題に上がっていた。これまで中国側が一方的に日本側が悪いという主張を繰り返している中で、日本国内では小規模な反中国デモが行われていた。しかし、日本側のメディアはそれを取り上げようとせずに、穏便にこの問題を終わらせようとしていたように見える。中国はこれから付き合っていく上で重要な国の一つになることは間違いないが、この件で日本の国際的なイメージダウンは程度の差こそはあれ、全くないわけではないだろう。ちょうどこの問題が起きたときに丁度北京に出張に行っていた人に話を聞くことがあったのだが、北京ではCCTVで24時間英語で日本を非難する放送を世界中に発信していたという。本書でも「人の評判を落とすことは簡単で、根拠があろうとなかろうと、悪い評判を繰り返し流していればいい」という言葉が出てくる。(政治家のO氏に長い間疑惑をかけていることと同じ事が言えそうだ。)ただ、最近では事件が起こった時の映像が流出したことで、日本国内で大規模なデモが行われ、ようやく日本メディアも取り上げ始めている。果たしてメディアに動かされて日本政府が動くのかが今後のポイントになる。ちなみに、現実には、ボスニアのバックにPR会社がついていることを知ったセルビア側がPR戦略を立てようとするものの、PRの重要さに気付くのが遅れたため、最終的には悪のレッテルを貼られてしまった。

今回の問題は戦争の引き金になるまでは行かないかもしれないが、同様のケースは今後も起きてくることは十分にありうる。日本政府は単に自国の文化をPRすることだけに力を注ぐのではなく、このような自国が他国から喧嘩を仕掛けられたときに、自分の国の正当性を保ちながら、相手国を非難することを国際的にアピールする力が必要となってくるはずだ。その為に日本の状況を世界に向けて常に発信する(もちろん英語で)ことが大事だし、ハーフがいたルーダー・フィン社のようなPR企業が行っている仕事を単なる「でっちあげ工作」と捕らえずに、国益を守るための一つの手段としてPRを有効活用してくれることを望みます。